相撲は神事

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つい最近までは毎年田植えが終わった7月に、全国の神社で、町や村の青年たちによる奉納神前相撲が行われていました。
いまでも地方に行くと、行っているところがあるようです。
これはそもそもが野見宿禰の試合に依拠するもので、田植えのあとに、神官がまず土俵を塩で清め、その土俵に村の力自慢の力士たちがあがって四股(しこ)を踏みました。

塩をまくのは、「清めの塩」で「土俵の上」の邪気を祓い清めて怪我のないように安全を祈るためのものです。
力士たちが四股(しこ)を踏むのは、四股がもともとは「醜(しこ)」で、地中の邪気を意味します。
清められた土俵の上に力士たちが上り、そこで地中の「醜」を踏みつけて「地中の」邪気を祓うのです。
そうすることで、植えた苗がすくすくと育つようにと願うのです。

土俵が女人禁制とされるのは、これは「仙人が性欲を起こすと神通力を失う」とされたことと同じです。
力士は「地中の邪気を祓う」という重大な任務をもって、神通力を発揮しなければならないのです。
色気を出して肝心の神通力を失ってしまったら、せっかく醜(しこ)を踏む行事がだいなしです。

さて、「土俵が女人禁制」であるということについて、「女性蔑視だ」とか「女神がヤキモチ焼く」とか騒ぎ立てるのは、全然意味が違うし日本人的な考え方でさえありません。
ChinaやKoreaでは大地は女神とされています。
同様の考え方をする国は世界には多いです。

日本の場合は、まったく事情が異なります。
日本は一万七千年前にはじまる縄文時代から、ずっと営みが続いてきているという世界的に見ても稀有な国です。ひとくちに一万七千年前といいますが、西暦が始まってからでさえまだ二千年少々です。途方もない歳月です。その途方もない歳月、日本人はずっと文化を継承してきています。